9.27.2017

Trail 110 エピソード8

オークションサイト、ebayをよく利用する。CT110に取り付けたいくつかの部品はebay経由でアメリカやオーストラリア、タイ、台湾などから海を渡って手元に届いた。古い日本製のオートバイの純正部品やリプロダクション部品がリーズナブルな価格で手に入るのはありがたい。Honda Trail 110のキーワードの検索結果を順番に眺めているだけでも充分楽しめる。

そんなebayサーフでたまたま見つけたのが、純正のサブタンク用ブラケットだった。サブタンクの装着にはさほど積極的だったわけではない。これはガススタンドなどないウィルダネスでCT110を走らせるアメリカでの使い方故に生み出された装備だと考えていたからだ。日本なら必要ないだろうと思っていた。ただ、比較的きれいな部品が$20たらずで出品されているのを見たら、思わず落札してしまった。出品者の説明を読むと1981年モデルに装備されていた部品らしい。1980年に排気量が90から110に拡大されたが、翌'81年まではTral90と同じタヒチアン・レッドR23のカラーリングが継承された。だから、このブラケットもオレンジ色に近い赤色に塗装されている。

US Postalで発送されたブラケットはペンシルヴェニア、オハイオ、ケンタッキー、テネシー、そしてアラスカという5州に渡る長旅を経て、我が家まで辿り着いた。汚れや細かな傷はあるものの変形など問題になりそうなところは見受けられなかった。そして、想像した以上に剛性を感じさせるガッチリとした作りに安心した。#1500の細目のサンドペーパーで軽く磨いて傷や汚れを落とし、下地を吹いてからR110モンツァレッドで本塗り。4回くらい塗り重ねて厚みを持たせた。

その後、充分に乾燥させてからCT110に装着した。そして、これもオークションで手に入れた新品のサブタンクをセット。これまで実車や写真でサブタンクを装備したCT110の姿を数多く見てきているので、とくに新鮮な感慨のようなものを抱くことはなかったが、これで自分のCT110がついに完成したような気分だった。僕はオートバイを自分の手でカスタムすること自体嫌いではないが、自分自身が満足できるスタイルや機能がそれで得られれば、それ以上はあまり手を入れない。これからは消耗部品を交換する程度になるだろう。

サブタンクのおかげでツーリング時の安心感は増す。少しだけ制約から解放されて、旅の自由度は高くなる。


7.26.2017

R180

ハレアカラの山並みを横目に見ながらカフルイ空港を飛び立ったハワイアン航空のボーイング717は、やがて島のくびれた中央部を飛び越えて海の上に出る。しばらくすると客室乗務員が目的地の島のロードマップとともに丸い容器に入ったジュースを配り始める。混み合った狭い機内はまるで隣町に向かう乗り合いバスみたいな雰囲気だ。手渡されたジュースにはPOGと書かれている。パッション・フルーツ、オレンジ、グァバ3種類のフルーツをミックスした地元産のジュースだ。僕がこの航空会社を利用するようになってかなり経つが、このルーティンはずっと変わっていない。ジュースの種類もいつも同じだ。

ジュースの容器が回収される頃には飛行機は降下を始めている。窓からは黒い溶岩の大地と点在する低木、打ち寄せる波などが見てとれる。溶岩を細長く切り取ったようなコナ国際空港の滑走路に飛行機は程なく着陸する。国際空港といってもその風情はとてものんびりしている。この空港にはターミナルビルに飛行機を直結させるボーディング・ブリッジはない。そもそもターミナルビルがないのだ。だから、乗客たちは機体に横付けされたタラップを降りる。いつものように島の西側特有の熱い空気が出迎えてくれる。

レンタカーをピックアップして、空港へのアクセスロードから島を一周しているハイウェイに出てクルマを走らせる。黒い溶岩が途切れ、道路沿いに建物が点在するようになるとカイルア・コナの街が近い。僕は街に入る手前で、左手に見えるフアラライ山の方向にクルマを向ける。海岸から300mくらい登ると山の裾野に沿って続く古い街道、州道180号線オールド・ママラホア・ハイウェイにぶつかる。その緑濃い道沿いには多くのコーヒー農園がある。コーヒー生産者と生活のためのサービス業を営む人達によって沿線に集落が作られてきた。このあたりは人が住むにも優しい気候だ。海岸沿いの暑さに比べればずっと過ごしやすい。

曲がりくねった細い道は、ホルアロア、ホナロ、ケアラケクアといった集落を経て、しばらく行くとキャプテン・クックの街に入る。この近くに上陸した、この島を「発見」したとされる人物の名が冠せられている。ハイウェイ沿いに建つ、古いロードサイドのモーテルを大切に保存してきたような佇まいのホテルが僕の目的地だ。歴史を感じさせる木製のカウンターでチェックインを済ませて、渡り廊下を歩いて別棟の客室に入る。シングルサイズのベッドがふたつ、造り付けのドレッサーとチェストを兼ねた家具、押入れみたいなクローゼット。そしてシャワーだけのバスルーム。必要最低限の設備の簡素な宿だ。だが、海を見下ろすラナイからの眺めと付属する食堂のポークチョップの味は素晴らしい。

サトウキビ生産の労働者として多くの日本人がこの島に移り住んだ。その移民たちが契約を終え、細々と蓄えた資金を元手にコーヒー農園や雑貨店、ホテルなどの事業を始めた。このあたりはその頃から今に至るまで変わらない営みが途切れないで続いている。僕がいつもお世話になるマナゴ・ホテルもそのひとつの象徴だ。この島で日系の人と出会うのはとても普通なことだ。その多くは移民3世で日本語は話せない。だが、彼らと彼らの先祖によって受け継がれた文化は確実に根付いている。

ホルアロアにある工芸品を扱うキムラさんの店を訪ねたとき、「明日からDaifukujiでBon Danceがあるから行ってみたら」と言われた。つまり、近所の大福寺で毎年恒例の盆踊りがあるのだ。この島を旅するということは、日系の人たちの歴史を体感する旅だとも言える。美しい自然や心地よい風とともに、紡がれた歴史に対する愛おしさが再び僕をこの島へと誘う。








6.07.2017

Fly and Ride

アメリカの片田舎ではバス停や鉄道の駅はなくても、小さな飛行場があったりする。主に個人で所有し、操縦する小型飛行機のための施設だ。アメリカ50州の中で一番小さなハワイでさえ、小さな村の片隅に滑走路と簡易な管制施設を備えた飛行場がそれぞれの島にある。アメリカ国内ではプライベートの飛行機で移動することはそれほど特別なことではない。通勤に使っている人さえいるほどだ。人里離れた遠隔地にバケーションに出かけることもある。そんなときに困るのが飛行場から目的地までの移動だ。

ユナイテッド航空のキャプテンだったローレンス・S・シャピロがその問題を解決するために便利な道具を考え出した。スーツケース・サイクルと呼ばれる小さな飛行機の荷室に収納できるように改造したオートバイを作り、販売を始めたのだ。いくつかベースとなった車種があったようだが、そのひとつで、もっとも生産台数が多かったのがホンダCT90だった。

スーツケース・サイクルを分解または組み立てるために工具は必要なかった。フレームのダウンチューブには独創的な分割機構が、ハンドル、リアフェンダーとラック、前後ホイールにはクィックリリース機構が採用された。最終的にカスタマイズされたパーツは90に及んだという。

1960年にプロトタイプが生まれ、1974年に生産が終了するまで1,000台以上のスーツケース・サイクルが製造された。現在、残されたスーツケース・サイクルは自家用飛行機のパイロットやホンダのコレクターに高値で取り引きされているらしい。キャンピングカーに積載するためのクィックリリースのハンドルロックをホンダはCT90に装備していたが、さらなる利便性を求めて開発されたオートバイがあった。いかにもアメリカらしいエピソードだ。



写真はすべてHemmings Motor Newsより

5.31.2017

Let's GROOVE!

音楽の世界で使われる「グルーブ」という言葉がある。語源はレコード盤の溝のうねりのことだったが、いつしかそれが転じてある種の高揚感を表わす表現になったと言われている。具体的な定義はないとされているが、個人的には奏でられるリズムとそのときの状況が自分の心と共鳴する、あるいはシンクロする体験だと捉えている。

音楽の演奏を聴くということが「グルーブ」を体感するためにもっとも適した状況なのだろうが、僕にはそれとは異なる状況でそれを感じられることがある。長らくシボレーS10ブレイザーというクルマに乗り続けてきた。1992年製のアメリカのコンパクトなSUVだ。4,300ccのV型6気筒OHVエンジンを搭載する。このトルクフルなエンジンの鼓動は明らかに心に作用する。夏の夕暮れ時、茅ヶ崎あたりから鎌倉方面へ国道134号線を自宅に向かって走る。江の島へと続く2車線の道路ではクルマの列が時速60km程度で流れ、僕はウィンドウを下ろして、肘を外に突き出している。そんなとき、不意にエンジンが奏でるリズムと僕の心が共鳴する感覚を覚える。不思議な高揚感、いや幸福感に包まれたその時間は間違いなく「グルーブ」を体感していた。残念ながら現在所有するフォード・エクスプローラー・スポーツトラックでは似たような状況で走っても同じ感覚を得ることはできない。

少し前まで、ハーレー・ダビッドソンのスポーツスターXL1200Sを所有していた。このオートバイであちこち走ったが、もっとも気持ちのいいシチュエーションだったのは、国道16号線保土ヶ谷バイパスのうねりと緩やかなコーナーが続く道を時速100km程度で走らせることだった。きっとこの時も同じような感覚を抱いていたのだろう。ただ、ハーレー・ダビッドソンのようなオートバイで日本の道路を走ることはストレスの方が優っていると感じて結局手放してしまった。

幸いなことに、今所有しているホンダCT110はその感覚を呼び覚ましてくれた。伊豆半島中央部の県道。季節は真夏だ。コーナーが続く田舎道は交通量が少なくて、時速60kmくらいで走ることができる。コーナーを抜けるたびに目に飛び込んでくる美しい風景とさまざまな香り。小さなシングル・エンジンが奏でる小気味よいリズム。これらが一体となって僕の心を満たしてくれる。スポーツスターを気持ちよく走らせる場所にはなかなか出会えなかったが、CT110なら都会を抜け出して少し走れば、心地よい気分に浸ることができる。

ふたつのシリンダーの中で、混合気の燃焼が、くりかえされている。その音やリズムが、そのときのぼくの心臓の鼓動と、ぴったり、かさなっていた。心から愛している直立2気筒の、エンジンがいま生きて動いている。片岡義男氏の小説「彼のオートバイ、彼女の島」の主人公の独白だ。同じことを現実に体験できた自分は幸せかもしれない。

5.24.2017

20 dollars. FL ⇒ CA

片岡義男。
オートバイ乗りに限らず、多くの人が一時期熱病のように取り憑かれる氏の作品群。その空気感が表現された描写はエンターテイメントとしての面白さというより、感覚を共有できる心地よさみたいな読後感を体験させてくれた。そして、コラムやエッセイで教えてくれた新鮮な驚き。氏の作品は、若かった僕に生きていくうえでの姿勢を意識させてくれた気がしている。

片岡さんがポパイの創刊号から連載していたコラムをまとめた一冊の作品がある。「5Bの鉛筆で書いた」というタイトルだ。その中にCTにまつわる一編がある。'70年代のアメリカのオートバイ雑誌に掲載された記事を紹介している。ある失業した男が職探しのためにフロリダ州のマイアミから、カリフォルニア州ロサンジェルスまで改造したホンダで走ったら、ガソリン代はたったの20ドルだったという話だ。

男が所有していたのは1974年製のHonda Trail 90。CT90 K5と呼ばれるこのモデルにはすでに北米仕様の特徴的な装備であるスウィベル式のハンドルロックやサブタンクが採用され、基本的な構造は最終モデルと変わらない。ただ、89.6ccのエンジンは7psと非力で、普通に考えたらとても大陸を横断する気にはさせないモデルだったと言える。

興味をそそるのは長距離を走りきることを想定した改造の内容だ。右手だけでアクセルを操作し続けると疲労が溜まりやすいので、ハンドルの左手側に装着したレバーをアクセルとつなぐことでクルーズコントロールの機能を持たせている。そして、アップハンドルの中央にサブタンクを固定して、キャブレターにホースをつないで航続距離を伸ばした。

マイアミからロサンジェルスまでは約2,700マイル(約4,350キロ)。軽量なオートバイで走ることで起こりえるさまざまな危険を避けるために、できるかぎり古いハイウェイやサイドロードを走ったというから距離はもっと長かったはずだ。燃費は1ガロンあたり130キロ(34.2km/l)、平均巡航時速50キロで1日400キロ走った。ガソリン代は20ドルだったが、モーテルの宿泊代は150ドルかかったらしい。

結果的に男はこの修行のような旅を完遂する。CT90はほぼノントラブルで走り通し、その頑丈さを証明した。記事にはフロリダからカリフォルニアまで8つの州を走破する間に出会う壮大な自然を、オートバイで走ることで体感する素晴らしさが綴られている。オートバイで旅する者だけが味わうことができる喜びが伝わってくる。

CT90 K5 1974年モデル



5.16.2017

IZU

小田原、早川の交差点を左に曲がって国道135号線を走り始めた途端、いつも旅の気分が溢れてくる。石橋の集落を過ぎたら、国道と並行して走る県道に入る。蜜柑畑や採石場、いくつかの集落を抜けていくこの道は山の中腹からの眺めと適度なワインディングが続き、気持ちよく走ることができる。オートバイを停めて、蜜柑の甘い香りとともに眼下に広がる相模灘を見渡せば、カラダは解放感に満たされる。

真鶴駅を過ぎて国道と合流すると湯河原の海に向かって駆け下りていく。地形に沿ってアップダウンとカーブを繰り返し、熱海まで海沿いの国道は続く。オートバイを操る楽しさをあらためて実感させてくれる道だ。

半島の肩に位置する伊東を過ぎると明らかに植生が変わり、包み込まれるような緑が出迎えてくれる。国道を外れて川奈、富戸、城ヶ崎へと続く道を行く。昔からそこに存在していたであろう斜面に家々が連なる小さな集落や、リゾートとして開発された端正な景観など、さまざまな景色が肩越しに過ぎ去っていく。

伊豆高原で一度国道に合流して少し走り、赤沢からは再び山側に国道と並行して延びる道に入る。緑は濃くなり、道路に覆い被さって木々のトンネルを形作る。雨上がりの森が発する濃密な薫りに混じって、ときおり鼻をかすめる花の香り。そして、温泉町の人々とその暮らしが醸し出す穏やかな雰囲気。熱川の先まで続くこの道は本当に素敵だ。

その後、国道はいくつかの温泉街や海水浴場を通って下田まで続く。河津から下田へと向かう途中には深い緑に隠された小さな入り江やそこに至る未舗装の小道、プライベートビーチのような魅力的な砂浜などが点在している。そんな秘密めいた場所を探しながら、気ままにオートバイを走らせるのは楽しい。

下田という街は目的地としてふさわしいと言える。古い歴史を持ち、それを物語る史跡も多い。オートバイを停めて少し散策する。この地方独特の造りが魅力的なお寺でのんびりしている頃にはお腹が減ってくる。こんなとき僕はきまって昔から地元の人に愛されてきたレストランや食堂を探す。祖父母に連れられた小さな女の子や、店主の友人夫婦が和やかに会話しているような店だ。

美味しい食事で空腹を満たしたら、心地よい場所で飲むコーヒーを求めて少し走る。いつもそうだ。なんとなく旅の締めくくりにはコーヒーを飲んでいる。海岸に建つリゾートホテルのティールームで屋外のテラスにある席に腰掛ける。目の前には大きな松の木ときれいな砂浜が広がっている。季節はずれの今はまだほとんど人の姿はない。コーヒーを運んできてくれた女性が笑顔で囁く。「風が気持ちいいですね」。
その一言で僕の旅は完結した。





ふらふらと気ままに走る旅にCTは絶好のパートナーだ。


5.09.2017

DEUS

Deus ex machina.

ラテン語で「機械仕掛けの神」を意味する。元々は演劇用語だったようだが、今やクールなブランドとして認知されている。僕がその存在を初めて知ったのは、たしかMoto Naviの記事だった。オーストラリアのカスタム・バイクビルダーで新旧さまざまなバイク、とくにカワサキWやヤマハSRをベースに独自のスタイルを持つモデルをリリースしていると記事で紹介されていたと記憶している。

僕がそれらのバイクを見た第一印象は、これってカスタム?というものだった。とくにベースとなったモデルを知らなければ、一見しただけではどこに手を入れたのかわからない。つまり、それだけ完成度が高いということだろう。カスタムバイクにありがちなどこか過剰だったり、あるいはバランス的に破綻している部分が見つからなかった。技術的な裏付けと、デザインをトータルに捉えるセンスが無ければ、こんなプロダクトは生まれない。その雰囲気は「ホンモノ」だけが醸し出せるものだった。

その後、デウスはその潜在能力を存分に発揮して、アパレル、サーフ、自転車、クルマ、音楽とその活動範囲を広げている。どの分野でも共通しているのは、その「ホンモノ」感だ。一例を挙げると自転車の製作がイタリアの工房で行われていたり、バリ島でサーフボードのテストを行うなど、各地に拠点を設けた創作活動が行われているようだ。またダイネーゼにライディング・ジャケットを発注するなど、定評あるブランドとのコラボレーションにも積極的だ。そのように生み出されるプロダクツは各方面で高評価を得ている。

僕はそんな彼らの姿勢に共感を覚えるとともに、溢れ出すクリエイティビティをリスペクトしている。そのシンパシーの印としてCTのタンクにステッカーを貼っている。

ステッカーは見事にタンクの形状にフィット。

Kawasaki W800ベースのスクランブラー
http://deuscustoms.com/

5.05.2017

Trail 110 エピソード7

身の周りにあるさまざまな素材で作られた生活のための道具たち。その中でも僕の心をくすぐるのはアルミニウムやステンレス、シルバーなどの光沢を放つ金属で作られたものだ。ソリッド、サテンやヘアラインなど、その仕上げもいくつか種類がある。道具に求められる機能に合わせて素材が選択され、カタチや仕上げが決まる。ソリッドな金属に魅力を感じるのは、それがシンプルな美しさを伴っているからだろう。

バイクのスタイルに大きな影響をもたらすパーツとして、マフラーが挙げられる。CT110のようなクラシックなモデルだととくにその存在感は大きい。ノーマルは艶消しの黒いマフラーにメッキのガードが組み合わされる。全体のデザイン的なバランスを考えれば絶妙としか言いようがない。しかし、黒いスティールのマフラーには弱点がある。腐蝕しやすいし、抜けもいまひとつだ。そこでアフターマーケットにはいくつかのステンレス・モデルが用意されている。

その中から僕が選択したのは、Xcraftとモトサルゴが共同開発したモデルだ。音量は控えめながら、全スピード域でレスポンスが向上したような感じで、軽快な乗り味が実現されている。デザイン的にはノーマルのフォルムを再現したかのようなおとなしいものだが、その素材を含め、仕上がりは充分に美しい。もちろん耐久性もノーマルに比べれば数段上だろう。ただ、交換してひとつ困ったことは、アクセルオフでエンジンブレーキがかかるような状況だとアフターファイアが発生する。キャブのエアスクリューを緩め、混合気が薄くなるように調整した結果、ほとんど発生しなくなったのでホッとした。

マフラーの交換によって、さらにCTに対する愛着が増した。身の周りのいくつかの道具たちに加えて、またひとつ美しい光沢を放つ金属のコレクションを手に入れたのだから。



5.02.2017

Trail 110 エピソード6

僕が手に入れたCT110は車体番号で調べたところ、1996年製のオーストラリア輸出向けで2011年に登録されたらしい。現在の市場でもっともポピュラーなモデルだ。CT110は各仕向け地によって仕様が異なることはよく知られている。

北米では1986年モデルが最終となる。オーストラリア仕様との違いはサブタンクやオープンタイプのチェーンガード、スイングアームに付くチェーンガイド、排ガス対策のためのチャコール・キャニスターなどいくつか挙げることができる。その中でも、もっとも特徴的な装備がハンドルロックだ。レバーをリリースすることでハンドルの位置を変えることができる。これはキャンピング・トレーラーに積載するために採用された装備で、いかにもアメリカらしい。大袈裟な言い方すれば、このバイクが生まれた文化的背景を象徴するような装備だ。V8のピックアップ・トラックにキャンピング・トレーラーを連結してキャンプに行く。アメリカでは週末の日常的な光景であり、決して特別なことではない。トレーラーにはモトクロッサーや自転車、カヌーなど出かけた先で楽しむアクティビティのための道具を積んでいく。つまりCT110にとってこの装備は必然だったわけだ。

僕も将来的には自分のピックアップにCTを積んで出かけることを夢見ている。そのための先行投資とも言えるが、どうしてもこのパーツを装着したかった理由はその仕上がりの美しさにもある。ブリッジ、トリプルツリー、レバーなどが組み合わされたメカニカルな佇まい、そしてアルミニウムの質感が心をくすぐる。こういう機能とある種の美しさを併せ持ったものは少なくなっている。とても貴重だ。

磨かれたアルミニウムの質感。
この魅力には抗えない。

4.28.2017

Trail 110 エピソード5

CT110を手に入れてわりとすぐにシートを北米仕様のものに交換した。あまりにも味気ないオージー仕様のデザインが気に入らなかったのもあるが、北米仕様の方が張りもあって座り心地が良いと聞いていたからだ。ただ、その期待に反して大した違いはなかった。クッション材は柔らかすぎ、表皮とフィットしていないためにシワができる。見た目には満足していたので結局1年はそのまま乗り続けた。

そして1年が経過して、シートはクッション材と表皮の間に隙間が感じられるほどへたってしまっていた。バイクはクルマと違い荷重をホールドするのはこの小さな面積のシートに託される。快適性とともに操縦性にも大きく関わってくるパーツだ。なんとかしたいと思って、クッション材からオーダーメイドに対応してくれる業者に問い合わせたら、4万円近い金額の見積りが送られてきた。しかも、表皮は現状のままで!いくらラリーレイドなどで実績があるといっても高額すぎる。

結局、DIYでなんとかすることに。東急ハンズで2cm厚の高反発ウレタンのスポンジシートを買ってきて、シートの形にカット。クッション材に載せて、表皮を再度装着してみることにした。シートはけっこうへたっているから大丈夫だろう、失敗したら表皮だけ交換すればいいと考えて実行に移した。

少しシワができたりして、見た目は多少ブサイクになったものの、なんとかうまく収まった。すぐに試乗に出かけたら、タイトなコーナーをクリアする際の安定感がまったく違う。ここまで変わるとは思っていなかったので、走らせながらついほくそ笑んでしまった。とりあえず、これで満足だ。将来的には同じデザインで、滑りにくい素材の表皮をオーダーできればいいなと思っている。

シートの厚みが増したことで、バイク自体のデザインのバランスも良くなった気がする。

4.27.2017

Trail 110 エピソード4

CT110の一番好きなディテールを挙げろと言われたら、迷わずヘッドライトとメーターが一体化したハウジングと答えるだろう。そのハウジングをフォークに固定しているパーツ、ブラケットだろうか。海外ではHeadlight Ear と呼ばれている。つまりヘッドライトの耳だ。たまたまオークションでリペイントされた北米仕様のパーツを見つけた。サイドにリフレクターを装着するためのネジ穴がある。そう、耳には耳飾りが必要なわけだ。

リフレクター本体は台湾、ベースのラバーはタイから、どちらもオークションを利用して純正パーツを取り寄せた。海外オークションでよく目にするNOSという略語がある。New Out of Stock 日本で言うところのデッドストックだ。このリフレクターもそう紹介されていて、ホンダ純正品と表記されたビニール袋に入っていた。古い日本製バイクのパーツは今や海外の方が充実しているし、価格もリーズナブルな気がする。

ヘッドライトと耳飾りをつけたブラケット。ああ、いい感じだなぁと自己満足に浸る。これもバイク趣味の楽しみだ。

フロントキャリアを取り外した理由はこのカタチを楽しみたいためでもある。
ヘッドライト・バルブはマツシマ製の6Vハロゲンに交換。

ついでにテイルランプのレンズも純正のリフレクター付きに。

4.26.2017

Trail 110 エピソード3

CT110は古い設計のモデルだ。そのことをもっとも如実に表しているのがフロント・フォークだろう。古いというより、低コスト故に採用されたのかもしれない。ノーマルのピストンメタル方式のサスペンションはなんだか挙動が安定しないという印象だった。そこでスプロケットを交換した直後に手を入れることにした。

方法はCTユーザーにはお馴染みの、より近代的なカブプロ110のチェリアーニ方式のサスペンションに交換すること。その結果、しなやかな挙動を得て安心して走らせられるようになった。

その後、しばらくしてリアのサスペンションも交換した。選んだのはカブ系パーツの専門ショップ、東京堂がYSSに別注したオリジナルモデル。少し柔らかめだけど調整すれば問題ない。一見、ノーマルのような素っ気ない外観で、全体の雰囲気を壊すこともない。

こうして、より気持ちよく走らせることができる、前後バランスの取れた足回りとなった。CTのようなバイクだからこそ、体感できる違いは大きい気がする。



5段階の調整機構を備える。


4.25.2017

Trail 110 エピソード2

アメリカのオークションサイトでCT関連のパーツを何気なく検索していると、面白いものに出会った。「trail 110」のキーワードで探していたのだと思う。ユタ州のモーテルのキーだ。TRAILS WEST 110号室。少し調べてみるとモーテル自体はすでになくなっているようだった。モーテルがあったシーダーシティはモルモン教徒の開拓団によって作られた歴史ある町だ。1800年代に西部開拓者が辿った道はTrails Westと呼ばれている。モーテルの名前はそれに由来するのだろう。現在ではブライス・キャニオン、ザイオン、グランド・キャニオンなどの国立公園への観光の拠点として発展しているらしい。

キーのタブを裏返すとこんな文章が書いてある。「5パーセントのディスカウント! サリヴァンズ・カフェでこのキーを提示して。」近所の食堂と提携していたみたいだ。この店も残念ながら最近クローズしてしまったらしいが、レビューと写真は残っていた。美味しい伝統的なアメリカ料理を提供して、上々の評判だったようだ。

たまたま見つけた、モーテルのキーがアメリカの田舎町の情景を想像させてくれる。シーダーシティを訪れることがあったら、町の人にサリヴァンズ・カフェのことを尋ねてみたい。きっと、思い出話を聞かせてくれるはずだ。



8オンスのプライムリブ、スープかサラダバーが付いて$11.95。食べてみたかった。