7.26.2017

R180

ハレアカラの山並みを横目に見ながらカフルイ空港を飛び立ったハワイアン航空のボーイング717は、やがて島のくびれた中央部を飛び越えて海の上に出る。しばらくすると客室乗務員が目的地の島のロードマップとともに丸い容器に入ったジュースを配り始める。混み合った狭い機内はまるで隣町に向かう乗り合いバスみたいな雰囲気だ。手渡されたジュースにはPOGと書かれている。パッション・フルーツ、オレンジ、グァバ3種類のフルーツをミックスした地元産のジュースだ。僕がこの航空会社を利用するようになってかなり経つが、このルーティンはずっと変わっていない。ジュースの種類もいつも同じだ。

ジュースの容器が回収される頃には飛行機は降下を始めている。窓からは黒い溶岩の大地と点在する低木、打ち寄せる波などが見てとれる。溶岩を細長く切り取ったようなコナ国際空港の滑走路に飛行機は程なく着陸する。国際空港といってもその風情はとてものんびりしている。この空港にはターミナルビルに飛行機を直結させるボーディング・ブリッジはない。そもそもターミナルビルがないのだ。だから、乗客たちは機体に横付けされたタラップを降りる。いつものように島の西側特有の熱い空気が出迎えてくれる。

レンタカーをピックアップして、空港へのアクセスロードから島を一周しているハイウェイに出てクルマを走らせる。黒い溶岩が途切れ、道路沿いに建物が点在するようになるとカイルア・コナの街が近い。僕は街に入る手前で、左手に見えるフアラライ山の方向にクルマを向ける。海岸から300mくらい登ると山の裾野に沿って続く古い街道、州道180号線オールド・ママラホア・ハイウェイにぶつかる。その緑濃い道沿いには多くのコーヒー農園がある。コーヒー生産者と生活のためのサービス業を営む人達によって沿線に集落が作られてきた。このあたりは人が住むにも優しい気候だ。海岸沿いの暑さに比べればずっと過ごしやすい。

曲がりくねった細い道は、ホルアロア、ホナロ、ケアラケクアといった集落を経て、しばらく行くとキャプテン・クックの街に入る。この近くに上陸した、この島を「発見」したとされる人物の名が冠せられている。ハイウェイ沿いに建つ、古いロードサイドのモーテルを大切に保存してきたような佇まいのホテルが僕の目的地だ。歴史を感じさせる木製のカウンターでチェックインを済ませて、渡り廊下を歩いて別棟の客室に入る。シングルサイズのベッドがふたつ、造り付けのドレッサーとチェストを兼ねた家具、押入れみたいなクローゼット。そしてシャワーだけのバスルーム。必要最低限の設備の簡素な宿だ。だが、海を見下ろすラナイからの眺めと付属する食堂のポークチョップの味は素晴らしい。

サトウキビ生産の労働者として多くの日本人がこの島に移り住んだ。その移民たちが契約を終え、細々と蓄えた資金を元手にコーヒー農園や雑貨店、ホテルなどの事業を始めた。このあたりはその頃から今に至るまで変わらない営みが途切れないで続いている。僕がいつもお世話になるマナゴ・ホテルもそのひとつの象徴だ。この島で日系の人と出会うのはとても普通なことだ。その多くは移民3世で日本語は話せない。だが、彼らと彼らの先祖によって受け継がれた文化は確実に根付いている。

ホルアロアにある工芸品を扱うキムラさんの店を訪ねたとき、「明日からDaifukujiでBon Danceがあるから行ってみたら」と言われた。つまり、近所の大福寺で毎年恒例の盆踊りがあるのだ。この島を旅するということは、日系の人たちの歴史を体感する旅だとも言える。美しい自然や心地よい風とともに、紡がれた歴史に対する愛おしさが再び僕をこの島へと誘う。








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